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コラム翻訳:アーネスト・ヘミングウェイ『フランス人のズボンの謎』<原文>

Wives Buy Clothes for French Husbands
The Toronto Star Weekly, 11th March 1922

Paris.-At last the balloon-shaped, narrow-at-the-bottom trousers of the French workman are explained. People have wondered for years why the French workingman wanted to get himself up in the great billowy trousers that were so tight at the cuffs as to hardly be able to pull over his feet. Now it is out. He doesn’t. His wife buys them for him.
Recently at the noon hour in French factories there has been a great trading of clothing by the men. They exchange coats, trousers, hats and shoes. It is a revolt against feminism. For the wife of a French workingman from time immemorial has brought all her husband’s clothes, and now the Frenchman is beginning to protest against it.
Two Frenchmen who served in the same regiment together and had not seen each other since the demobilization aired their grievances in a bus the other day when they met.
“Your hair, Henri,” said one.
“My wife, old one, she cuts it. But your hair, also? It is not too chic!”
“My wife too. She cuts it also. She says barbers are dirty pigs, but at the finish I must give her the same tip as I would give the barber.”
“Ah the hair is a small matter. Regard these shoes.”
“My poor old friend! Such shoes. It is incredible.”
“It is my wife’s system. She goes into the shop and says, ‘I want a pair of shoes for mon mari. Not expensive. Mon mari’s feet are this much longer than mine, I believe, and about this much wider. That will do nicely. Wrap them up.’ Old one, it is terrible!”
“But me also. I am clothed in bargains. What matter if they do not fit? They are bon marché. Still she is a wonderful cook. She is a cook beyond comparison. My old one, it would take one of your understanding to appreciate what a treasure among cooks she is.”
“Mine also. A cook beyond all price. A jewel of the first water of cooks. What do clothes matter after all?”
“It is true. Truly it is true! They are small matter.”
So in spite of the trading that has been going on in the factories and sporadic outbreaks of protest, the reign of feminism will probably continue.
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コラム翻訳:アーネスト・ヘミングウェイ『フランス人のズボンの謎』<訳文>

  このコラムでは珍しく、会話文が多用されている。これもヘミングウェイの文学的な修業期間を語る材料になるだろう。ヘミングウェイの描く会話は当時、非常に斬新だったという。その理由ははっきりとはわからないが、おそらく『日はまた昇る』のような、支離滅裂でしかしどこか味わい深い会話のことを言っていると思われる。


  ヘミングウェイは朝起きると三四本鉛筆を削り、その間に気持ちを整えてから執筆に臨んだと言われているが、会話を描くときはタイプライターを用いたそうだ。「その方が会話のリズムをつかめる」というのが理由らしい。短編のなかには会話文だけで進行する物語もある。


『フランス人のズボンの謎』
1922年3月22日 トロント・スター紙  


  パリ。遂に、あのフランス人の労働者たちがはく、裾の狭いバルーン型のズボンについて説明する。人々は何年もの間、どうして彼らがあの大きくうねった、足を引き寄せることもできないような袖口の小さいズボンを身につけたがるのか、ずっと不思議に思ってきた。いまや、その答えが明るみに出るのである。彼らではない。彼らの妻が、あのズボンを買うのだ。
 

  最近フランスの工場で、男たちが真昼時に大規模な衣服の交換を行っている。彼らはコート、ズボン、帽子そして靴を取り換える。これはフェミニズムに対する反抗だ。彼らの妻は大昔から夫の服を買ってきたので、いまや男たちが抵抗を始めたのである。
 

  同じ連帯に所属していて復員以降会っていなかった二人のフランス人が、ある日バスの中で再会し、自分たちの不平を並べ立てていた。


  二人のうちの一人が、「ヘンリー、その髪はなんだ?」と言った。

「ああ、かみさんだよ、あいつが切ったんだ。でもお前だってそうだろ? あんまりキマってるとは言えないぜ」

「おれもかみさんだ。あいつ、床屋はケチで薄汚いって言うんだよ。切り終わると同じ分だけチップを払わせるのにさ」

「まあ、髪の毛なんて大した問題じゃないぜ。それよりこの靴を見てくれよ」

「おい、なんて靴だよ!信じらんないぜ」

「これがかみさんのやり方なんだよ。店に入って言うんだ、「夫に靴を一足買いたいの。高くないやつで。確か、足は私のよりこれぐらい長くて、それにこれぐらい幅があったわ。まあ、それ良さそうね。包んでちょうだい」って。ひどい話だよな!」

「でもおれだって同じだよ。セール品ばっか着せられてさ。サイズなんて問題じゃないんだ。安いからな。それでもあいつは料理が上手いんだよ。比べものになんないぐらいだ。なあ、きっとお前も、彼女の料理が最高だっておれが感謝するのも分かってくれるぜ」

「うちも同じさ。値段なんてつけらんないほど上手いんだ。料理人の中でも最優秀の逸材だよ。結局服なんて何でもないさ」

「本当だな。本当に本当だ! 服なんてちっぽけなことだぜ」
 

  こういうわけで、工場で衣服の交換があったり、あちこちで反乱が勃発したりするにも関わらず、おそらくフェミニズムの統治は続いていくのである。

コラム翻訳:アーネスト・ヘミングウェイ『パリのロシア人』<原文>

Paris is Full of Russians
The Tronto Daily Star, 25th February 1922


Paris. – Paris is full of Russians at present. The Russian exaristocracy are scattered all over Europe, running restaurants in Rome, tearooms on Capri, working as hotel porters in Nice and Marseilles and as laborers along the Mediterranean shipping centers. But those Russians who managed to bring some money or possessions with them seem to have flocked to Paris.
They are drifting along in Paris in a childish sort of hopefulness that things will be all right, which is quite charming when you first encounter it and rather maddening after a few months. No one knows just how they live except it is by selling off jewels and gold ornaments and family heirlooms that they brought with them to France when they fled before the revolution.
According to the manager of a great jewel house on the Rue de la Paix, pearls have come down in price because of the large numbers of beautiful pearls that have been sold to Parisian jewel buyers by the Russian refugees. It is true that many Russians are living fairly lavishly in Paris on the sale of jewels they have brought with them in their exile.
Just what the Russian colony in Paris will do when all the jewels are sold and all the valuables pawned is somewhat of question. It is usually impossible for a large body of people to support themselves indefinitely by borrowing money, although a few people enjoy a great success at it for a time. Of course things may change in Russia, something wonderful might happen to aid the Russian colony. There is a café on the Boulevard Montparnasse where a great number of Russians gather every day for this something wonderful to happen and to recall the great old days of the Czar. But there is a great probability that nothing very wonderful nor unexpected will happen and then, eventually, like all the rest of the world, the Russians of Paris may have to go to work. It seems a pity, they are such a charming lot.


コラム翻訳:アーネスト・ヘミングウェイ『パリのロシア人』<訳文>

  文学界の大巨人アーネスト・ヘミングウェイは、若い頃、トロント・スター紙の特派員としてパリに住んでいた。ヘミングウェイの作品は短編、エッセイ、ルポ、遺稿含め数多く出版されているが、この頃、ヘミングウェイが書いていた記事はいまだに日の目を見ていない。彼が独自のスタイルを生みだすなかで、この記者時代が非常に重要であったことを考えると、それはとても残念である。
 

  僕が、『on Paris』というヘミングウェイのコラムのアンソロジーを見つけたのは、グリニッジヴィレッジにある小さな本屋であった。それはまさに運命的な出会いだった。その本屋以外、アメリカでもこの本は見ることがなかった。
 

  以下はその翻訳、原文だ。翻訳は僕が行い、知り合いの記者の方に添削していただいた。ヘミングウェイはマッチョでハードボイルドな作家だと誤解されているが、彼の短編を見ればわかるように、実際は非常に繊細で豊かな感受性を持っていた。1961年、彼は両手・両足でライフル銃を固定し、銃口を口にくわえ、足の指で引き金を引いて自殺した。飛行機事故による躁鬱が原因だった。
 


『パリのロシア人』
1922年2月25日 トロント・スター紙

 パリ。現在、パリはロシア人でいっぱいになっている。元貴族の彼らは、今やヨーロッパ中に散らばって、ローマでレストランを経営したり、カプリで喫茶店を営んだり、ニースやマルセイユのホテルでポーターをやったり、地中海の海運拠点で労働をしたりしているが、しかし金や家財道具を持って出てきたロシア人たちに関しては、どうやらパリに集まってきたようだ。
 

 彼らは、万事何とかなるだろうという半ば子供じみた希望を持ってパリをさまよっている。そのあたりが、初めて彼らに遭遇した時にはとても魅力的に映るのである。そして数カ月経つと、それは何とも憎らしく思えてくるのだ。革命前にフランスへ持ち出してきた宝石や金の装飾品、家財道具を売る以外に、彼らがどうやって生計を立てているのかは誰にも謎である。
 

 ラペ通りの巨大な宝石店を経営している者によると、ロシア難民が見事な真珠を大量にパリのバイヤーに売りさばくため、真珠の価格は下落してきているという。亡命した時に持ちだしてきた宝石の売り上げのおかげで、多くのロシア人がパリでの生活を華やかに送っているというのが、事の真相のようだ。
 

  ここで、全ての宝石を売り払ったり抵当に入れたりした後、パリのロシア人集団はどうしていくのだろうという疑問が、多少浮かんでくる。何人かは一時それが上手くいって楽しめたとしても、これだけ多くの人が、いつまでも借金をして暮らしていくというのは普通あり得ることではない。もちろん、ロシアの方で事情が変わって、彼らを助けるような素晴らしい何かが起こらないとも限らないが。モンパルナス大通りのあるカフェでは、たくさんのロシア人たちが、この素晴らしいことが実現し、帝政時代の古き良き日々を思い出させてくれることを期待して集まっている。しかし、そんな素晴らしいことや予期せぬことは起こるはずもなく、最終的には世界中の他の仲間たちと同じく、彼らパリのロシア人たちも働かなくてはならなくなるだろう。これは残念なことに思われる。彼らはそれほど魅力的なのだ。





プロフィール

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Author:FC2USER586252FFA
都内某W稲D大学三年生 
(ジャーナリズム専攻)

好きなもの:ヘミングウェイ
嫌いなもの:なし

略歴:T県の田舎町に生まれる。親は離婚。大学進学で上京。アメリカの新聞社で就労経験。

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