FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

お知らせ

パソコンが接続できなくなりまして、機械音痴なためどうにも更新できません。
なせだろう。

いまはスマホで打ってますがスマホは疲れます。
ワールドシリーズ・日本シリーズを見て過ごしましょう。

うちの大学はもうすぐ学祭。
スポンサーサイト

ドキュメント:ある少年の物語(10)

(必ずまえがきから読んでください。これは小説ではありません)  


  <一年前・冬>前


「髪切ったの?」
  
  カズキが声を振り絞って聞くと、ナナは振り向いた。
  
「え?」
  
「髪切った?」
  
「ああ、これ? うん、そうなの」
  
「似合ってるね」
  
  カズキは言い、しっかりとナナの顔を見た。ナナは「ありがとう」と笑顔で言った。
  
  ナナは手を振って歩いていった。カズキはその場に立ち、ぼうっとしていた。涙が出るかと思った。顔が熱くなっていった。急いでその場を離れようとした。
  
「待てよ」
  
  顔を上げると、ケンジが立っていた。カズキをからかううちの一人だった。カズキがゾンビと呼ぶうちの一人だった。ケンジはカズキに向かい、「ナナのこと好きなのか?」と聞いた。カズキは何も答えず、通り過ぎようとした。ケンジは後ろから叫んだ。ケンジはカズキに向かって「高望みしてんじゃねえよ」と言った。カズキは耳を塞ぎたかった。ケンジの笑い声が響いた。
  
  心臓がどきどきと鳴った。高望みじゃない。おまえには関係ない。強烈な無気力が急にカズキの中に湧き起こった。ケンジはまだ何か言ってきた。周りの生徒たちが笑い始めた。カズキは足早に立ち去った。馬鹿にするな、と言った。誰にも聞こえなかった。

  
  ナナの気持ちはわかってる、まさかケンジと付き合ってるわけじゃない。カズキは自分に言い聞かせた。外は寒かった。風が鼻に当たり、目を潤ませた。吐く息は真っ白だった。

  あんな奴が、ナナみたいな子と付き合うわけがない。ナナが断るに決まってる。あんながさつで馬鹿な奴。
  
  カズキはツヨシに会い、ナナのことを話した。ツヨシは答えなかった。次にケンジのことを話した。急にツヨシは態度を変えた。

「邪魔されのか、そいつに?」
  
  ツヨシは目を見開いて聞き、カズキはそうだよ、と答えた。

「運動部か?」
  
  うん。カズキはうなずいた。確かにあいつは邪魔したんだ、おれとナナの愛を。
  
  そんな奴、一緒に殺してやればいいんだ。覚えてるだろ? ツヨシは聞いて、カズキの答えを待った。目が暗く、真剣だった。カズキは怖くなり、ただぼんやりとうなずいた。


  邪魔か、とカズキは思った。風が冷たかった。悪くないな、本当に。おれとナナ。二人の間は障害ばかりだ。強い風が吹くたびにマフラーが揺れた。
  
  でも乗り越えるんだ、おれたちは。そう思うと力が湧いた。カズキは嬉しくなった。それと同時に不安にもなった。このまま一生邪魔が入ったら、本当に大丈夫なんだろうか。おれとナナは?
  
  ナナの手を振る姿が浮かんだ。一年近く経っても、その姿は全く色あせなかった。ケンジにそれを壊されるのは耐えられなかった。次に失恋が来たら耐えられない、ナナを失うのは耐えられない、とカズキは思った。
  
  
  だけど、人がいる限り邪魔はされるはずだ。みんなわらわら固まって、あらゆるものを壊していく。目についたものを全部。ちょっと気に食わないと。ちょっとでもゾンビらしくないと。ゾンビが食い尽くしていく。
  
  カズキはくしゃみをした。熱があるみたいだった。それでも気にしなかった。カズキは、でもいつかは自由になれるはずだ、と思った。きっと。おれとナナの愛なら。例えば原爆。原爆が落ちて、キノコ雲が巻き起こって、その下でおれとナナは二人きりになる。周りは誰もいない。誰もが溶けてしまう。
  
  おれとナナがいるのは雲の下じゃなくて、次の空白なんだ。次の世界の中でだ。二人きりで。カズキは思った。
  
  好きなんだ。好きなんだ。好きなんだ。哲学も言葉も想念も思考も真実も魂も光も知識も存在も死も生も愛も、全てがおれらのものだ。カズキはもっと強く思った。
  
  そしておれはいま頭痛がしてる。

ドキュメント:ある少年の物語(9)

(必ずまえがきから読んでください。これは小説ではありません)  


  <一年前・夏>
  

  ツヨシが女の子と歩いていた。カズキはトイレの前でその姿を見つけた。ツヨシは目をつぶるようにして笑い、女の子の方を見た。カズキはその女の子が誰なのかわからなかった。
  
  昔だったらなぁ、と思ってカズキは微笑んだ。おれも嫉妬したかもしれないな。リョウタにやったみたいに。でも今は違う。おれにだって、彼女はいる。彼女ではなくても、同じことだ。おれにも愛する人がいる。
  
  カズキの周りの全員が幸福だった。カズキにはそう見えた。幸福である必要はなくても、カズキは幸福だった。リョウタとも仲直りしよう。カズキはそう思っていた。
  
「またね、カズキくん」
  
  ナナは門のところでカズキに手を振った。カズキも手を振り返した。周りの視線を感じたけど、何の問題もなかった。物ごとは結局単純なんだ、とカズキは思った。
  
  それでも、カズキの頭はナナ以外のことも考えるようになった。それは最近、特によく起こることだった。数学の授業中もそのことばかり考えていて、先生に怒鳴られた。先生はカズキの机を蹴り、クラスメイトたちが笑った。
  
  カズキの頭をとらえていたのは、ツヨシが言ったことだった。それは、自殺すること、人を殺すことだった。ツヨシはきっと、やろうと思えば本当にやるだろう。カズキはひとり言を言った。おれがやろうと言えば、ツヨシはうなずくだけだ。そうすれば、、、。
  
  カズキはぞっとすると同時に感動した。それは、全てが自分にかかっているように思えたからだった。自殺してしまおうと思ったことは今まで何度でもあった。自分を悲しがる人々を見たかったからだ。でも人殺しは違う。それは人の命を支配すること、人の生を支配することだった。

  こんなちっぽけなおれがそんなことを。カズキは思った。だけど、できないことではなかった。
  
  そうしたら、リョウタも殺すんだろう、とカズキは考えた。リョウタとはまた友達に戻りたかった。でも。カズキは思った。あいつを殺したらどんな気持ちになるだろう。この考えは毒のようだった。リョウタだけじゃなく、あのゾンビの連中も。その時の自分の気持ちを考えると神経がたかぶった。あり得ない話だからこそ魅力的だった。カズキは日に日に空想するようになった。人を殺す瞬間を。誰にしようか考えると、それだけで心臓が脈打った。カズキは毎日相手を変えた。アミや両親、ツヨシが相手になった。誰にするのか決める必要はなかった。だからこそ楽しかった。おびえる顔が自分に向けられる。自分はその死を支配する。そうしてその生も支配する。相手にとっては、自分こそが世界で最も重要な存在になる。神様よりももっと。カズキはそうやって頭がぼうっとするのに任せた。


  カズキは夜、夢を見た。また高速道路の夢だった。いつものように先の方は見えなかった。カズキはそこをナナと一緒に歩いていた。二人は手を繋いでいた。二人はそのまま歩き続け、ある牧場に辿り着いた。そこには羊や馬、藁や干し草があった。カズキはナナとそこへ寝転がった。羊が鳴きながら顔を舐めた。ナナの手を強く握った。ナナも同じようにした。

「このままここに住もう」
 
  カズキは言った。ナナはうなずいた。二人は小屋を建てて暮らし始めた。道路はどこかに消えていた。二人の他は誰もいなかった。

  カズキはそういう夢を見た。一度目覚めてから、また眠った。夢の続きは見れなかった。カズキはそれから遅れて学校に行った。昼前の授業で、数学の先生にまた怒鳴られた。カズキはそれでも幸福だった。

ドキュメント:ある少年の物語(8)

(必ずまえがきから読んでください。これは小説ではありません)  


  <一年前・春>


  年が変わった。一年が終わり、また別の一年が始まった。世界は相変わらずだった。カズキは学校に通い、学校は退屈だった。
  
  カズキはそれでもほとんど休むことなく通った。成績は上がらず、教師たちに怒られ、他の生徒からからかわれることもあったが、カズキは気にしなかった。ナナに会えればそれで良かった。ナナを一目見れたら、その日はもう何も考えられなかった。少しでも話すことさえできたら、もうカズキは死んでもいいと思った。
  
  実際、二人は会話をすることがあった。ナナから話しかけた。カズキは顔が赤くなるのを必死で隠した。ナナはその様子を見て微笑んでいた。
  
  愛だ。愛がおれらのもとにあるんだ。カズキは心の中で叫んだ。幸福だ。幸福だ。幸福なんて何の意味もないのに。
  
  カズキは周りを見渡した。クラスの何人かが目を合わせ、顔をしかめた。ひそひそ声が聞こえた。おまえらの愛とは違う。おまえらとは違う。おれらの愛は本物だ。だって、おれは彼女のためなら死ねる。おまえらにその覚悟があるか?


  純粋な存在、という言葉がカズキの頭に浮かんだ。教師がつばを飛ばしてしゃべっていた。時計が音を立てて動いていた。自分はいま、この世界に存在している。純粋に、疑いなく。カズキは、だからこそおれは死ねる、と思った。いまここにいるからこそ、向こう側にも行ける。ナナのためなら尚更だ。


  ツヨシと話していても、カズキはずっとナナのことを考えていた。下校中も、昼食中も変わらなかった。正直に言えば、カズキはツヨシといるところをあまり見られたくなかった。そのせいでナナに嫌われないとも限らなかった。
  
  ちくしょう。ツヨシは呟くように言っていた。最近、ツヨシはいつもこの調子だった。ちくしょう。ちくしょう。クズめ。クズめ。

「おれは死にたいよ」
  
  ツヨシは平坦な声で言った。カズキはツヨシの方を見た。

「死にたいよ。このまま死にたい。わかるだろ?」
  
  カズキはうなずいた。死ぬことは別におれにだってわかってる。

「死にたいんだ。ただ死ぬんじゃなく」
  
  ツヨシは続けて、「殺してから死んでやる」と言った。カズキはどういうことか尋ねた。

「もちろん、教えてやるよ」
  
  ツヨシは自分の計画を話した。それは自殺と人殺しの計画だった。カズキはぼんやりと聞いていた。

「お前も一緒にやろうぜ。おれらならできるさ」
  
  ツヨシは歯をむき出しにし、そのまま自分の計画の詳しい話をし始めた。それは綿密で、詳細な話だった。カズキは黙っていた。


  別れて一人になった時、カズキはツヨシを軽蔑した。ひどく気分が悪かった。不快な話だった。気味が悪かった。でも。カズキは思った。頭がぼんやりしていた。血が上っていた。でも。カズキは思った。そうして、また考え直した。

ドキュメント:ある少年の物語(7)

(必ずまえがきから読んでください。これは小説ではありません)  


  <二年前・冬>


  突然だった。稲妻みたいだった。馬鹿馬鹿しいけど本当だ。稲妻だ。おれは息もできなくなるかと思った。最初は信じられなかった! 何度も後ろを振り向いた! でもおれだった! 彼女はおれに手を振ってた! おれに! このおれに! だって、周りは誰もいなかったんだから! 向こうの名前は知ってる。話したことだってある。そうだ、これが全てだ。最高だ。こんな気持ちになるなんて! このおれが!
  
  ナナが手を振った。カズキは通りの向こう側にいて、家に帰る途中だった。ツヨシは遅れると言っていた。理由は先生に呼び出されたからだった。ツヨシのノートが理科室で見つかり、そこに書かれていた落書きがバレたのだ。そこにはリョウタを撃ち殺す絵が描かれていた。その日、ツヨシは結局カズキと一緒には帰らなかった。
  
  カズキは最初、自分に手を振られたとは思わなかった。ナナとは二三言、体育祭の時に話したことがあったが、他クラスでもあったからそれきりだった。しかし。周りに人はおらず、ナナは自分の方を真っ直ぐ見つめていた。カズキは手を振り返しはしなかったけど、心臓が脈打ち、汗が湧くのを感じた。
  
  これが本当に好きになるって意味だ。カズキは空を見上げながら思った。雲ひとつない、水色の空だった。いままでが単なるうそっぱちだったんだ。おれはわかってなかったんだ。彼女はおれに手を振ったんだ! 信じられない! でも考えてみたら、どんな奴だって結婚して子供も産んでる。そう考えたら、誰かおれを好きになってくれる人がいたっておかしくない。そうに決まってる。ああ、それにしても! その相手がナナだなんて! 彼女はもの静かだけど、でもとても綺麗だ。それにやさしい! いままで会ったこともないぐらいに! 彼女に比べたら、他の女たちなんてゴミだ!
 
  
  カズキはツヨシのことを考えもせず、そのまま家に着いた。両親が学校のこととテストの結果について聞いてきたけど、カズキは何も返事をしなかった。家族との会話はここ最近、ほとんど存在しなかった。
  
  存在だ。カズキは部屋に入った。存在だ。昔はそればかり気にしてた。いまもそうだけど、でもあの頃のおれが、いまは本当の愛を知ったんだ! 愛は二人のものだ。独りよがりじゃだめなんだ。ああ、彼女に愛されるためならなんでもできる! 彼女との愛を育てていくためなら! 他の誰だって必要ない! 親もリョウタもツヨシも、みんないなくなってかまわない! 
  
  でも、どうだろう、もし? カズキはそう思ってふと顔を上げた。彼女が、もし何か事情があって、おれのことを愛してくれなかったら? そんなこと、考えるのもいやだけど、でもあり得ないこととは言えない。そうしたら。
  
  間違いない。簡単だ。剃刀だ。カズキは引き出しを開けて剃刀を取り出した。これで手首を切ればいい。血でびしょ濡れになって、手首をぶらさげて、高速道路に飛び出して轢き殺される。それしかないだろう。
  
  どうせ轢き殺されるなら真っ赤なスポーツカーがいい。ものすごいスピードの。それに飛ばされて、ずっと先まで飛んでいってしまおう。あの、高速道路の先の方までだ。


  カズキはナナのことを思いながらベッドに入った。ナナの白く細い指が開き、その小さな手が自分に向かって振られる。ナナはにこっと笑っている。
  
  ちょっと前は地獄だったのに。カズキは眠ろうとしたまま笑った。いまじゃ天国だ。ナナ一人のおかげで。不思議だ。
  
  ここまで考えて、カズキはふと思いついた。何かに頭を叩かれた気分だった。そうだ。天国も地獄も、存在するんだ。カズキは冴え始めた頭で考えた。

  それはつまり、この世に存在することなんだ。天国も地獄も、全部この世で起きていることなんだ。死後の世界じゃない。単に気持ちの問題だ。死後とは関係ない。じゃなきゃ、そもそも天国も地獄もあるとは言い切れないはずじゃないか! 死人に口なしだ! 
  
  いまは天国だ。いつか地獄も来る。どうして逃げる? いいや、難しいことじゃない。ここから去ればいい。それだけだ! それだけじゃないか。

  カズキは目を開けて起き上がった。死ねばいいんだ。死んでしまったら、地獄行きも天国行きもない。死んだらただそれっきりだ! それっきりだ! 
  
  確かに幸福じゃあないだろう。死ぬことは。でもそんなこと、なんでもないじゃないか。幸福なんて、どうせ運命がめちゃくちゃにしてしまう。そんなもの、あのゾンビの奴らぐらいにしか訪れない。訪れたってそれっきりだ。なんの意味もない。生きるのは部屋にいること。死ぬのは部屋から出ていくこと。扉を開けて。そしたら全部がすっきりだ。


  カズキは立ち上がり、歩き回り、それからまたベッドに戻った。そうして考えた。それでもやっぱり、おれはナナが好きだ。いや、愛してる。

  愛してる。

  愛してる。

  おれが。ナナを。愛してる。
  
  まぶたが重くなり、カズキは眠った。

閑話休題

  本業の大学の方が忙しくなってきたので更新できていませんが、ほっとくランキングが下がってむかつくので何か書きます。

  タイトル通り自分は大学生ですが、ニュージーランドでの労働など、ある一時期は大学を休学して海外生活をしてました。ヨーロッパでも少し暮らしました。といってもお金はないので、働いたり友人宅に泊めてもらったり親にすがったりしてました。

  復学したのは今年の春でした。別に日本が嫌いなわけでも、自分探しがしたかったわけでもないです。そういう連中にはたくさん会いましたが。

  プロフィールにもあるようにT県出身で、英語は全くゼロの状況で過ごしました。それでもとにかくハリウッド映画が好きだったので死ぬ気で勉強しました。一日中英語を聞いて書いて読んで、何度も一人で海外行って、八人部屋に泊まって片っ端から話しかけたり。海外ドラマを最低一話五回以上観て、アイポッドに入れたり。それでもまだまだ厳しかったですが、向こうで暮らしてからやっと、もう字幕もいらない、ってところまで来ました。


  何を書こうか決めてなかったですが、じゃぁ英語の勉強について。できないよりはできる方がいいですし。

  とりあえずスピードラーニ〇グは無駄です。旅行ぐらいならいいですが、石川遼がしゃべってる英語もひどいです。というか、海外一年行ってたってひどい人はひどいです。そしてそういう人の方が調子に乗ってます。アクセントがどうとか、アメリカ人がどうとか。

  一番大事なのは謙虚さ、これは間違いないと思う。そしてここが、年が上がると言語習得が苦手になる理由のような気が。脳細胞とか記憶力はそこまで関係ないはず。

  どういうことかというと、まず自分は英語が欠片もできないことを認める。実際海外行って「はあ? 何言ってんの?」と言われても、そこで怒らずに何がいけなかったか考える。そしてすぐまた試してみる。ちっちゃい子供がぺらぺらしゃべったりしてたらそれを真似てみる。ある程度できてから、誰かに発音が下手とか言われたら、ちゃんと意地を張らずに修正する。テレビでちゃらちゃらした俳優がしゃべってたらそれも受け入れて練習する。下手って言われても勉強し続ける。わからなかったらわかるまで聞く。

  例えば、RやTHの発音が日本人はできないと言いますが、実際はDもTもHもWもYもZもPも正しくできないそうです。僕はこれを今年帰国してから、発音の授業で教授に言われました。詳しく説明すると大変ですが、とにかくこれをマスターしないことには意味がないそうで、また勉強しました。今もしています。

  勉強のことばかりになりましたが、かと言って僕はあんまり勉強が好きではないです。ただ一人前になるには、勉強が最低限のものだと思ってます。人より飛び抜けたい、と思うならまずは人が持ってるものを持つ必要があって、そこから如何に頭一つ飛びだせるか、だと思います。ピカソはデッサンがめちゃくちゃ上手いとか、あいだみつをは習字がめちゃくちゃ上手いとか、そういう話になりますが。


  英語がわかると世界は簡単にころっと変わります。知らないことが多すぎた、とわかります。僕はユーチューブで好きなバンドのインタビューを見たりして練習もしましたが、本当に驚くことばっかりです。オアシスの「Don't look back in anger」、実はサビのところ、リアムが作詞してたとか(わかる人にはわかる)。セックスピストルズのジョニー・ロットンがレディー・ガガの大ファンだとか。

  思いっきり俗っぽい話になってますが、実際はもっと色々あります。たとえばコメディとかめちゃくちゃレベルが高い。こんな才能ある人、世の中にいるのかって思う。松本人志をもっと頭良くかっこよく芸術的で乱暴にした感じ。それはもはや松本人志ではないですが。Ricky Gervaisとかすごいです。ヒトラーをネタにして笑いを取った男、いまはイギリスで身体障害者のコメディを撮ってます。


  なんか段々、自分が単なる調子に乗った学生にしか見えなくなりそうなのでやめときます。これだけ書きましたが、ホントに英語を習おうと思った原点は、中学の頃の先生がすごい暴力セクハラ教師で、大っきらいで、なんとか仕返ししてやろうと思った時でした。自分は部長、向こうは顧問という関係もあって、色々やられました。そこで、当時は毎週ノートに5ページ英文を書いてくる、という決まりがあったのですが、仕事を増やして煩わしてやろうと思い、毎週40ページ以上書いていました。そしたら自然とわかるようになっていた、それからは先生とも和解、みたいな。そんなざっくりした感じです。

  
  本文は明日か今日かにアップします。まだまだ事件二年前ですが、段々核心に迫ってます。というか本人の日記ではもうこの辺からそうとう核心に迫っています。読んでて何度も泣きそうになりました。
 
  できたらこれまでのも読んでもらいたいです。ルポの方。どれももちろん実体験です。ちょっと改行が見にくいですが、夏に知り合った新聞記者の人に添削してもらったので、内容は読みやすいはずです。ではでは。

ドキュメント:ある少年の物語(6)

(必ずまえがきから読んでください。これは小説ではありません)  


  <二年前・早冬>
  

  おまえはこれからどうするつもりなんだ? 部屋にこもってゲームしてたって金は稼げないんだぞ。そろそろ自分のことちゃんと考えろ。
 
  カズキの父親は言った。カズキは黙って聞いていた。母親は洗い物をしながら、同じように「早く何になりたいかぐらい決めなさい」と言った。カズキはやっぱり、黙って聞いていた。
 

  二人は一時間近く、カズキに向かって話していた。内容はすべてカズキの将来のことだった。大学に行くのか、働くのか。何になりたいのか、好きなことはあるのか。ちゃんと考えているのか、いないのか。カズキは途中、何度か父親に向かってしゃべりかけたけど、父親はいつもそれを遮った。母親は相変わらずそんな父親の肩をもった。母親はよく、私たちのことも考えてね、と言った。
 

  カズキは子供の頃から父親が好きだった。憧れていた。腕は太く、声は低く。言葉は強くて、心は優しくて。それなのに、最近はうまくいかなかった。父親も学校の連中と変わらなく思えてきた。いや、そうじゃない。父さんだって、昔はあのゾンビ連中みたいな奴らだったのかもしれない。そうやって、おれみたいな奴をからかってたんだ。だから最近、おれのことを馬鹿にしたような目で見るんだ。
 

  カズキは夜になって、少し外を出歩いた。そうしてツヨシの言っていたことを考えた。ツヨシは、「おれは世界一の独裁者になってやる」と言っていた。ツヨシらしい考えだった。子供っぽくてくだらない。でもはっきりしてる。ちゃんと自分の考えを持ってる。
 
  冷たい風に当たりながら歩いていくと、車が数台すれ違った。カズキは車のライトから目をそらした。まぶしくて頭が痛くなった。
 
  ツヨシの方がよっぽど父親に向いてるじゃないか。あんなにはっきりした考えを持って、ゾンビでもなくて。それにおれを大切に思ってくれてる。父さんも母さんも、心のなかでおれを気味悪いと思ってる。嫌ってる! ツヨシの方がずっと、親にふさわしいじゃないか!
 

  カズキはやがて、昔よく遊んだ公園に行き当たり、そこから折り返して自宅に向かった。雲が多く、星や月は見えなかった。段々と小雨が降ってきて、髪や寝間着を濡らし始めた。
 
  将来のことだけじゃない。好きな子のことも、愛がなんなのかも、おれはわかってない。知らないんだ。知らなすぎるんだ。知らないことが多すぎるんだ。考えて理解しても、何も知ってはいない。それがおれなんだ。これは罰だ! 知らないことが多すぎる! 知らないことにはもう飽きた! おれだって、歌や小説でじゃなく、自分自身で知りたい。自分で感じたい。ゾンビはそれをやってるじゃないか。こんなことは不公平だ。
 
  まただ、とカズキはうんざりした。また同じようなことを考えてる。ここ最近ずっと、こんなことばかり考えてる。
 

  自由になるには。死ぬしかない。カズキは、死ぬのは苦痛だろう、と思った。死ねばこんなことは終わりだ。でも死ぬのは怖い。死ぬのは苦しいだろう、きっと。どうしたって。でも自由にはなれる。こんな生活は終わらせられる。おれが死んだら、学校の奴らは驚くだろう。リョウタやアミはきっとショックを受けるだろう。ゾンビたちだって、飯も食えなくなるだろう。そうだ、遺書を書いて、ゾンビやアミやリョウタのせいだと言ってやろう。あと父さんと母さんも。そうしたら、あいつら泣いて謝るだろう。おれのこと、ずっと忘れられないだろう。アミなんか、毎日お参りに来てくれるんじゃないか。リョウタと一緒に、泣きながら。大きな花を持って。
 

  雨は強くなる一方だった。カズキの体は冷えて、鳥肌が立った。家に帰ると鍵が掛かっていた。両親とも、カズキが出掛けたことを知らなかった。
 
  カズキは震えながらドアを叩いた。誰も答えなかった。カズキは何度も叩いた。誰も答えなかった。雨はどんどん強くなっていった。父さん! 母さん! カズキは叫んだ。カズキは一人きりだった。

ドキュメント:ある少年の物語(5)

(必ずまえがきから読んでください。これは小説ではありません)  


  <二年前・秋>


  ツヨシはある絵を見せてくれた。それは戦場の絵だった。たくさんの人が倒れて積み重なる上に、銃を持った男が立っていた。そこに吹き出しがついていた。「おまえがまだ生きているのは、おれがそうさせてるからだ」。
 
  カズキはその絵に妙に惹かれた。誰かの人生を支配することに。生きること、存在すること。カズキはその二つのことをまだ考えていた。
 
  生きることは部屋にいること、死ぬことはそこから出て行くこと。それはわかっていても、カズキはもっと知りたかった。結局、自分は何もわかっていないような気がした。


  学校で、カズキは一人の女の子に話し掛けられた。新しい靴について、その子が声を掛けたからだった。カズキは心が揺さぶられるのを感じた。彼女の声は軽やかで、カズキの耳に心地良く響いた。彼女は屈託なく笑いかけ、髪を指で整えていた。首のあたりに綺麗なほくろがあった。瞳がきらきらと光っていた。
 
  言葉がうまく出てこなかった。カズキは下を向きながらぼそぼそと話した。


  カズキはツヨシと家に帰りながら、ずっとその子のことを考えていた。心が惹かれた。心臓がどきどきと鳴った。でも忘れない、アミのことがある。アミはあれ以来、おれを避けてる。おれが存在しないみたいに。そうだ、おれが存在してないみたいに。石ころみたいに、ごみくずみたいに。あの時だってそうだった。おれが存在していないみたいだった。おれはこんなに必死に生きてるのに。誰よりも真剣に生きてるのに。本気で生きてるのに。それを、アミはごみみたいに扱ったんだ。信じてたのに。おれはごみじゃないし石ころでもない。存在してるんだ。おれはちゃんとここにいるんだ。
 
  あのゾンビたちはみんな恋人がいるのに、どうしてこんな差があるんだ? 見た目がそこまで違うわけじゃない。性格が? 髪型が? 服装が? 運動ができないから? テストができないから? 
 
  おれだって必死に生きてるのに。欲しいものは全部あいつらが手に入れる。いや、手に入れるんじゃない。おれから奪ってく。金だって取っていったじゃないか。取られたんだ。奪われたんだ。力ずくでむしり取られたんだ。おれだけが。世界でおれだけが。この世の中で、おれ一人だけが。どうして? 理由が知りたい。考えてもわからない。どれだけ考えてもわからない。こんなことは。なんでおれだけ? もっとそうなるべき奴らがたくさんいるじゃないか。なんでおれなんだ? あいつら、不公平じゃないか。


  横からツヨシが聞いてきた。ツヨシは「もし銃があったらどうする?」と聞いた。カズキは答えなかった。頭の中で考えていた。ツヨシは気にせず、興奮したようにしゃべっていた。銀行強盗をしてから、学校のムカつく連中を撃ち殺すことを。
 
  カズキは黙って考えていた。ツヨシの言うことは不愉快だった。ツヨシは相変わらずしゃべり続けていた。

  自分の頭だ。カズキは思った。おれなら、自分の頭を吹き飛ばす。

ドキュメント:ある少年の物語(4)

(必ずまえがきから読んでください)  


  <二年前・早秋>


  もうずっとアミのことを考えている。二人きりで過ごす時間のことを。握った手の感触を。髪の匂いを、肌の温かさを。

  まだ一度も話したことはなかった。カズキにとって、それは大切な意味を持っていた。あの連中とは違うんだ、とカズキは思っていた。手当たり次第に声を掛けるようなマネはしないんだ。

  カズキからすると、キスやセックスは汚いものだった。大切なのは肉体じゃなく、精神だ。おれはそれを知っている。それが生きるってことだ。おれもやっと生きていけるんだ。

  カズキは教室で、家で、下校途中で、ずっとそう考えていた。


  昼食を食べている時、ツヨシは退屈だ、と言った。ツヨシはよく落書きをしていたけど、どれも戦いの絵ばかりだった。ツヨシは必ずそれを平面体で描いた。カズキはどうやってアミに話し掛けようか、そればかり考えていた。

  一言ぐらい、言葉を交わしたかった。その時のことを想像するだけで、カズキの手は震えた。そうして、幸せな気分が頭を覆った。


  そんな中、ある授業終わりに、カズキが一人で廊下を歩いていると、角のところから小さな足音が聞こえた。カズキはそれがアミの足音だと気付いた。アミは戸口のところに姿を現して、こっちへ歩いてきた。カズキは心臓が高鳴るのを感じた。汗が指の間にたまった。

  今だ、今しかない。話し掛けなきゃ。カズキは呟いた。でも無視されたら? どうする? 逃げられたら? 話したことなんてないんだから。

  いや、でも、リョウタが言ってたじゃないか。向こうだっておれのこと。そうだ。アミなら、おれのこともわかってくれるはずだ。おれらなら。

「ねえ」

  カズキは声を振り絞って言った。思ったよりずっと大きな声が出た。開いた戸口から、クラスメイトがこっちを見ていた。

「ねえ、あの、元気?」
 
  カズキはそのままの声で言った。教室でささやきが漏れた。カズキは息を切らして言葉を待った。アミは見知らぬ人を見るような目で、足早にその場から立ち去って行った。クラスメイトたちはその様子を見て大笑いした。カズキは一人で立っていた。笑い声が耳に響いた。リョウタが困ったように、カズキの方を見ていた。


  カズキは一人で部屋にこもっていた。母親が何度か夕飯だと声を掛けた。カズキは答えなかった。一人で考えていた。自分が惨めさと憐みの塊だと。なぜこんな目に合うのかわからなかった。神様が見てるなら、教えてほしかった。どうしてなのか。助けた人は自分を見捨て、望んだ人は自分を拒絶する。
 
  おれはもう考えすぎた。頭が痛い。ぐちゃぐちゃだ。一人になりたい。どこか遠くへ逃げたい。一人きりで。おれだけで。誰もいらない。
 
  カズキはその夜、ずっと目を覚ましていた。空を見上げて、町を見渡していた。何もなかった。どこにも、行くところはなかった。

ドキュメント:ある少年の物語(3)

(必ずまえがきから読んでください)  


  <二年前・夏>


  カズキは考えていた。ステレオから音楽が流れていた。一日中、毎日、ずっと流れていて、もう新鮮味も何もなくなっていた。カズキはリョウタに何があったのか、と考えていた。昨日も一昨日もその前もその前も、リョウタは来なかった。昼ごはんと下校に。今までずっと一緒にいたのに。何があって、急に来なくなったんだろう。嫌いになったのか? おれのことを? いや、あり得ない。だって、リョウタのことだ。聞いてみよう。おれらなら、話せばそれでわかりあえるはずだ。
  
  カズキは考えながら眠り、また高速道路の夢を見た。それはずっと先まで伸びて、見えなくなっていた。


  校門は二つあった。一つは大通りに面し、もう一つは駐車場に面していた。カズキは駐車場の方で待っていた。いくら待っても、リョウタは現れなかった。教室の外で、リョウタに会うことはもうほとんどなかった。下校する時ぐらい、カズキは二人でいたかった。
  
少し経ち、他の生徒もほとんど出てきたところで、カズキはもう一つの門へ行った。こんなことなら教室で聞けばよかった、と思った。そうしたらすぐ、いまごろは一緒に帰れたのに。二人でゲームでもやって、こっそり酒も飲んで。ゾンビたちとは違っても、でもおれらなりに楽しいじゃないか。
  
  カズキは三十分ぐらい待って、リョウタを見つけた。声を掛けようとした。リョウタは歩いてこっちに来た。カズキは手を上げた。
  
  すると、リョウタの横に女が一人見えた。二人は笑い、手を繋ぎながら歩いていた。女は長い髪を後ろで束ねていた。リョウタは楽しそうだった。
  
  しまった。失敗だ。しまった。カズキは慌ててその場を立ち去った。失敗だ。しまった。頭の中を色んな言葉がぐるぐる回った。しまった。失敗だ。取られた。取られた。
  
  女の笑った顔が頭にこびりついた。鼻が痛くなり、目に涙が浮かんだ。ちくしょう、と思ってから、カズキは我に返った。


  それからずっと、カズキは教室から出ていってツヨシと昼食を食べるようになった。それはカズキにとって、少し不本意だった。ツヨシは、話は合っても、どこか不自然なところがあった。周りの人々はツヨシを不気味な奴だと思っていた。
  
  二人が一緒にいると、ひそひそ声がもっと高まった。こんなんじゃますます嫌われる。ツヨシには悪いけど。だけど本当のことだ。カズキはため息をつきながらそう考えた。それでも、一人よりよっぽど良かった。


  休み時間にリョウタがトイレから出てきて、カズキはちょうど鉢合わせた。リョウタは一人でいた。
「リョウタ」
  
  カズキは震える声で話しかけた。リョウタは何? と答えた。

「今日、一緒に帰れる?」

「今日は、ちょっと無理だよ。今度にしよう」
  
  リョウタは通り過ぎようとした。カズキは引き止めて、またあの女と帰るのか? と聞いた。

「関係ないだろ」

「関係ない?」

「そうだよ、おれの彼女なんだから。カズキだって彼女が出来たらわかるよ。アミとか、お前のこと良いと思ってるらしいしさ」
  
  リョウタは「また今度でいいじゃないか」と付け足して、そのまま歩いていった。カズキはその場に立って、なんだよそれ、とつぶやいた。後ろ姿はすぐに見えなくなった。


  教室で授業を受けている間、カズキはもうリョウタの方を見ようとしなかった。その方が、気が楽だった。退屈にはもう慣れていた。ただその分、カズキの視線はアミのところに向かった。アミは大人しく、目立たなく、教室の隅で授業を聞いていた。
  
  あの横顔はかわいいな、と、カズキは心の中で言った。アミか、話したことはないけど。でもゾンビたちとは違うのはわかる。目立たないけど、その分話しが合うかもしれない。
  
  カズキは、今もし教室に強盗が入ってきても、自分は彼女のことを守るだろう、と思った。それから強盗を殴って、蹴り上げて、武器を奪い取る。それでアミと一緒に走って逃げる。遠くまで。二人きりで。手を繋いで。見えなくなるぐらい、先の方まで。アミならきっと、ついてきてくれるだろう。

ドキュメント:ある少年の物語(2)

(必ずまえがきから読んでください)  


  <二年前・春>後


  体育の時間、カズキはコートの隅に立っていた。誰もボールを寄こさなかった。リョウタが時々近寄って声を掛けた。カズキはいい奴だ、と思った。絶対大切な友達だ。これからもずっとそうだろう。カズキは次にツヨシのことを思った。ツヨシは別のクラスで、でもよく一緒に放課後を過ごした。
  
  ツヨシは気も合うし、一緒にいて楽しい。でも親友ってわけじゃない。一緒にいるってだけだ。心のつながりはない。それはリョウタとの間だけだ。多分、リョウタも同じだ。
  
  カズキはそう考えていた。それから急に腹痛を感じた。腸がきりきりと痛んで、下腹が重くなった。冷や汗が湧いた。こぶしが固くなった。どうしよう、こんな時に、女子だっているのに。カズキは少し屈んで我慢した。でも無理だった。こっそり抜け出して、トイレまで行った。誰にも気付かれなかった。


  戻ってみると、自分の他にはもう誰もいなかった。コートに一人きりだった。みんな戻ったのか、とカズキは思った。おれをほっといて。別にいいさ。レベルが違うんだから、どうせ。おれは。関係ない。大事なのは生きること、存在することだ。
  
  教室に近付いた時、カズキはふと、先生が扉を開けたり閉じたりする様子を思い出した。そしてはっと気付いた。扉だ、とカズキは呟いた。扉だ。部屋だ。生きるって。
  
  カズキは一度深呼吸をして、頭の中で繰り返した。生きるってことは、部屋のなかにいるってことだ。死ぬってことは、扉を開けてそこから出てくことだ。出るか入るか、それだけの話なんだ。生きるっていうのはそういうことなんだ。生まれたら部屋。死んだら外。いや、外に出たら死ぬ。扉一枚の差。閉じて開いて。それだけ。生きるのは部屋のなかにいること。死ぬのは出てくこと。どこか、外の世界へ。それだけ。それが真理なんだ。


  カズキはざまあみろ、と呟いて教室に入った。笑い声は起こらなかった。休み時間で、誰も気付かなかった。いいさ、とカズキは思った。お前らゾンビにはわかんない。扉も部屋も。ざまあみろ。
  
  席に着くと、カズキはバッグを開いた。リョウタと一緒にジュースを買いに行くつもりだった。リョウタは近くにはいなかった。何人かが自分の方を見ていた。カズキは無視した。ざまあみろ、とまた呟いた。それは誰にも聞こえないぐらいの声だった。


  財布を取り出してから、カズキは中身がなくなっているのに気付いた。札と硬貨が一枚も残っていなかった。昨日見た時は、五千円以上は入ってたのに。なんでだ? リョウタが使ったのか? いや、あり得ない。
  
  カズキはまたひそひそ声を聞いた。振り返らなかった。笑い声も聞こえていた。あいつらか、とカズキは思った。他にも、お土産で父親からもらったジッポのライターがなくなっていた。リョウタと遊んだおもちゃのナイフもなかった。
  
  ひそひそ声が、ざまあみろと言っているように聞こえた。カズキは財布を持って席を立った。何事もないふりをした。何人かが声を上げて笑った。

ドキュメント:ある少年の物語(1)

(必ずまえがきから読んでください)  


  <二年前・春>前


  高速道路がずっと先まで伸びていた。終わりが見えなかった。道はひたすら真っ直ぐだった。陽の光が反射していた。


  カズキは目を覚ました。もう八時を過ぎていた。急いで着替えると、鏡越しに自分の顔が見えた。大きな鼻が、にきびに覆われていた。
  
  また別のができてる、とカズキは思った。眉毛が細く、目は落ちくぼんでいた。ブサイクな顔だ。どうしてだ。こんな奴、誰か好きになってくれるのか。昔はもっと女の子にも好かれたのに。
  
  カズキは財布とバッグをつかんで学校に向かった。新しい靴を履いて行こう。昨日買ったやつだ。


  ゾンビみたいな奴らだ、あいつらは。カズキは一人で呟いた。何も考えてない。人を馬鹿にして、先生に逆らって、つまんないことで笑って。でもおれは違う。おれは考えてる。ずっとずっとずっと考えてる。あいつらなんかには考えられないことを。テストの点は悪くても、おれは真理を探してる人間だ。存在とは何か、生とは何か。もうずっとこのことばかり考えてる。だって、、、、、、
  
  すれ違った人が眉をひそめてにらんでいった。カズキは口をつぐんだ。


  教室に入ると誰かが笑った。カズキは無視した。ひそひそ声が聞こえるのがわかった。隣の席のリョウタが「おはよう」と言った。カズキもおはよう、と返した。先生はまだ来ていなかった。
  
  後ろで呟いている声が、「なんだよ、あのだせえ靴」と言っていた。カズキは聞こえないふりをした。どうせおれみたいに考えられないくせに。靴なんて、例えば存在することに比べたらゴミみたいなもんじゃないか。靴がなんだ。どうでもいいじゃないか。好きなものを履いて何が悪い。高かったんだ。お前らにはわからないんだ。
  
  リョウタが気にかけていて、カズキは横目でそっちを見た。先生が入ってきた。


  授業の間中、カズキは考え続けていた。存在とは何か、生とは何か。先生が何度もトイレに行っては戻ってきた。もう三回目だ。白髪に醜い口もとをしていた。あの人も結婚できたんなら、おれもいつかはできるだろう。でもいつだろう? ドアが開いたり閉じたりしていた。
  
  相変わらず誰かがおれのことをしゃべってる。前に、おれを突き飛ばして遊んだ時のことをだ。くだらない。おれだってあいつらみたいに、悪いことをしたこともある。リョウタと一緒にだ。酒を飲んでたばこを吸った。あいつらにはできないことだ、きっと。あのゾンビたちは人をいじめるぐらいで精一杯なんだ。

ドキュメント:ある少年の物語(まえがき)

今日か明日から書くものは、ノンフィクションではないが、フィクションでもない。
事の始まりは九月の初めだった。その時ある事件が起きて、ちょうど新聞社でインターンをしていた僕は現場に向かった。


その事件は僕にある別の事件を思い出させた。取材から帰ると、僕はすぐにそれを調べた。初めに見つかったのはどれも稚拙な記事ばかりだった。そのすべてがある偏見に基づいていた。それは人を惹きつけたけど、でも違和感があった。


僕はその後、調べ続けていくうちに、事件の容疑者の日記を見つけた。事件の二年ほど前からの、全てのページを閲覧できた。事件はそれぐらい注目を浴びた。容疑者は高校生だった。


僕は全て読んだ。絵も、詩も、手紙も。どれを読んでも、僕は自分をそこに見た。それは十代の人間の、普通の苦悩だった。


同じような偏見を抱かせないために、人名、場所は仮の名前を使う。日記から読み解いて、その日常を描く。必ずしも出来事すべてが実際起こったとは言えないが、思想はすべて本当だ。それは、あの十代という年齢を経験した人間には理解できると思う。主人公の名前はカズキだ。僕の親戚の名前を使う。他の登場人物も、親戚の名前だ。最後にはわかるだろう。


僕はこれを、十代だった頃の自分のために書く。

コラム翻訳:アーネスト・ヘミングウェイ『フランス人のズボンの謎』<原文>

Wives Buy Clothes for French Husbands
The Toronto Star Weekly, 11th March 1922

Paris.-At last the balloon-shaped, narrow-at-the-bottom trousers of the French workman are explained. People have wondered for years why the French workingman wanted to get himself up in the great billowy trousers that were so tight at the cuffs as to hardly be able to pull over his feet. Now it is out. He doesn’t. His wife buys them for him.
Recently at the noon hour in French factories there has been a great trading of clothing by the men. They exchange coats, trousers, hats and shoes. It is a revolt against feminism. For the wife of a French workingman from time immemorial has brought all her husband’s clothes, and now the Frenchman is beginning to protest against it.
Two Frenchmen who served in the same regiment together and had not seen each other since the demobilization aired their grievances in a bus the other day when they met.
“Your hair, Henri,” said one.
“My wife, old one, she cuts it. But your hair, also? It is not too chic!”
“My wife too. She cuts it also. She says barbers are dirty pigs, but at the finish I must give her the same tip as I would give the barber.”
“Ah the hair is a small matter. Regard these shoes.”
“My poor old friend! Such shoes. It is incredible.”
“It is my wife’s system. She goes into the shop and says, ‘I want a pair of shoes for mon mari. Not expensive. Mon mari’s feet are this much longer than mine, I believe, and about this much wider. That will do nicely. Wrap them up.’ Old one, it is terrible!”
“But me also. I am clothed in bargains. What matter if they do not fit? They are bon marché. Still she is a wonderful cook. She is a cook beyond comparison. My old one, it would take one of your understanding to appreciate what a treasure among cooks she is.”
“Mine also. A cook beyond all price. A jewel of the first water of cooks. What do clothes matter after all?”
“It is true. Truly it is true! They are small matter.”
So in spite of the trading that has been going on in the factories and sporadic outbreaks of protest, the reign of feminism will probably continue.

コラム翻訳:アーネスト・ヘミングウェイ『フランス人のズボンの謎』<訳文>

  このコラムでは珍しく、会話文が多用されている。これもヘミングウェイの文学的な修業期間を語る材料になるだろう。ヘミングウェイの描く会話は当時、非常に斬新だったという。その理由ははっきりとはわからないが、おそらく『日はまた昇る』のような、支離滅裂でしかしどこか味わい深い会話のことを言っていると思われる。


  ヘミングウェイは朝起きると三四本鉛筆を削り、その間に気持ちを整えてから執筆に臨んだと言われているが、会話を描くときはタイプライターを用いたそうだ。「その方が会話のリズムをつかめる」というのが理由らしい。短編のなかには会話文だけで進行する物語もある。


『フランス人のズボンの謎』
1922年3月22日 トロント・スター紙  


  パリ。遂に、あのフランス人の労働者たちがはく、裾の狭いバルーン型のズボンについて説明する。人々は何年もの間、どうして彼らがあの大きくうねった、足を引き寄せることもできないような袖口の小さいズボンを身につけたがるのか、ずっと不思議に思ってきた。いまや、その答えが明るみに出るのである。彼らではない。彼らの妻が、あのズボンを買うのだ。
 

  最近フランスの工場で、男たちが真昼時に大規模な衣服の交換を行っている。彼らはコート、ズボン、帽子そして靴を取り換える。これはフェミニズムに対する反抗だ。彼らの妻は大昔から夫の服を買ってきたので、いまや男たちが抵抗を始めたのである。
 

  同じ連帯に所属していて復員以降会っていなかった二人のフランス人が、ある日バスの中で再会し、自分たちの不平を並べ立てていた。


  二人のうちの一人が、「ヘンリー、その髪はなんだ?」と言った。

「ああ、かみさんだよ、あいつが切ったんだ。でもお前だってそうだろ? あんまりキマってるとは言えないぜ」

「おれもかみさんだ。あいつ、床屋はケチで薄汚いって言うんだよ。切り終わると同じ分だけチップを払わせるのにさ」

「まあ、髪の毛なんて大した問題じゃないぜ。それよりこの靴を見てくれよ」

「おい、なんて靴だよ!信じらんないぜ」

「これがかみさんのやり方なんだよ。店に入って言うんだ、「夫に靴を一足買いたいの。高くないやつで。確か、足は私のよりこれぐらい長くて、それにこれぐらい幅があったわ。まあ、それ良さそうね。包んでちょうだい」って。ひどい話だよな!」

「でもおれだって同じだよ。セール品ばっか着せられてさ。サイズなんて問題じゃないんだ。安いからな。それでもあいつは料理が上手いんだよ。比べものになんないぐらいだ。なあ、きっとお前も、彼女の料理が最高だっておれが感謝するのも分かってくれるぜ」

「うちも同じさ。値段なんてつけらんないほど上手いんだ。料理人の中でも最優秀の逸材だよ。結局服なんて何でもないさ」

「本当だな。本当に本当だ! 服なんてちっぽけなことだぜ」
 

  こういうわけで、工場で衣服の交換があったり、あちこちで反乱が勃発したりするにも関わらず、おそらくフェミニズムの統治は続いていくのである。

ルポ:ニュージーランドの果樹園労働について(補遺)



「落ち葉に埋もれたキーウィフルーツの列は先が見えなくなるまで果てしなく続いていた」(3)より


DVC00245_convert_20131009122649.jpg

「コリーの目を盗んで食べるキーウィは、生の大根のように固かった」(8)より


DVC00260_convert_20131009124214.jpg

「仕事終わりにふと目に入った自分の手首や車の排気管までが、刈らなければいけないもののように錯覚してくる。六人部屋の窮屈な二段ベッドの上で同じような内容の夢を見ることもよくあった」(6)より


DVC00253_convert_20131009123423.jpg

「翌朝のために食べ残しをとっておいたのに、ねずみに食べられてしまったこともあった」(5)より

ルポ:ニュージーランドの果樹園労働について(9)

  ケリケリを去る日の朝、僕は初めに訪れたスーパーマーケットのそばから長距離バスに乗った。それは海岸沿いを通ってオークランドへ向かうバスだった。乗りこんで振り返ると、靴に浸み込んでくる水滴やむせるような枝の匂いが、懐かしく湧き上がってきた。自分で作った夕飯のポテト料理の味、できそこないのキーウィを蹴り飛ばす感覚も、同じようにこみ上げてきた。その感覚は今でも思い出す。東京の街を歩いている時でも、何かふとした拍子に。


  僕はケリケリで働いていた。あの町では、働いた分だけがそのまま返ってきた。一時間で一三・五ドル、それはずっと変わらなかった。どれだけ辛くても、それ以上にもそれ以下にもならなかった。大金が欲しければその分働くしかなかった。それは単純で、素朴な生き方だった。


  そうやって、僕は八六三一キロ離れた町のことを思う。人々は相変わらずそこで働いている。彼らは汗を流して食い扶持を稼いでいる。文句を言いながら、キーウィを刈り取っている。僕はいま、それが妙に懐かしい。もう二度と戻ることはないだろう。


終わり

ルポ:ニュージーランドの果樹園労働について(8)

仕事も終わりに近付いた頃、一度、チェーンソーで切り落とした枝が、腕を直撃して大きなあざを作ったことがある。その時僕らは、刈り取って集めた枝を、走っているトラクターに積み込む作業をしていた。その頃になると誰もがどこかに傷を負っていた。コリーでさえ、千切れたワイヤーが鼻の頭を貫通するという怪我をしていた。連日の疲労がたまるのにつれて僕らの口数も少なくなった。のどの渇きで頭がいっぱいになった。水といってはホステルから持って来た分しかない。地面に落ちたキーウィフルーツが思わず目に入る。コリーの目を盗んで食べるキーウィは、生の大根のように固かった。何の味もしなかった。
 

娯楽と呼べるものはほとんどなかったけど、日曜日になれば、僕らは例のセダンで遠出をした。ケリケリはニュージーランド最北端のケープレンガに近かったから、その灯台まで辿り着いてインド洋と太平洋の境目がずっと先まで伸びているのを眺めることができた。視線を下に向けると、アシカが浜辺で寝そべっていた。近くの看板には「東京まで八六三一キロ」と書いてあった。
 

やがて六週間が過ぎ、遂に最後の仕事を終えた時、僕らは何の実感も持てずに、ただぼんやりと、枝一つない果樹園を眺めて乾杯した。車に乗り込む時には、コリーが湿った軍手を脱いで、固い握手をし、「よくやったな」と言ってくれた。マイクは次の仕事までまた残っていくつもりで、三日と経たないうちにホステルにはまた新しい労働者たちがやってきた。この町で、それは一つの季節の終わりを意味していた。

ルポ:ニュージーランドの果樹園労働について(7)

  この調子で六週間、仕事は続いた。辞める時は前日か当日に告げれば良かったから人の出入りは激しかった。だけど辞めるからと言って、いつもの叱咤がされることはなかった。来る者は拒まず、去る者は追わず、というのが、この職場のスタイルだった。


 だからあらゆる人間がいた。アイルランド人、南アフリカ人、ドイツ人、日本人、イギリス人、中国人、マオリ。何故だか常に引き笑いをやめられない男や歯が黒く腐った男、チェーンソーでひざを切り裂いた男、麻薬常習者の男。彼らはFワードやCワードを大声で言い交わしながら、旅行や週末、日々の食事のために働いた。


 ケリケリはマオリ語で「掘って掘って掘り続ける」と言う意味だ。僕らは六週間、刈って刈って刈り続けた。マオリ族に言わせると、こういう時の合言葉は「Cut your neck off」だ。それはつまり、「首から上は切り取ってしまえ」ということだった。この言葉は「Otherwise, put your head into boiling water(じゃなきゃ、熱湯に頭を突っ込め)」と続いた。結局後にも先にも、労働が待っていた。

ルポ:ニュージーランドの果樹園労働について(6)

 初めの一二週間は同じ作業がひたすら続いた。ホステルに戻ればペンを握ることもできなかった。時間に追われながら何十時間も枝を刈り続けていくと、仕事終わりにふと目に入った自分の手首や車の排気管までが、刈らなければいけないもののように錯覚してくる。六人部屋の窮屈な二段ベッドの上で同じような内容の夢を見ることもよくあった。仕事が始まって三日経ったところで、イーグルはホステルの部屋から出てこなくなった。カイとジョンは「キーウィの枝なんかより人生にはもっと大切なことがある」と言い残して、荷物と一緒に姿を消した。
 

  しかしある程度日数が経過すると作業にも変化があらわれた。ロープを握らない日も出てくるようになった。僕と祐二とマイクは一緒になって喜んだ。ロープは、油の差され具合、錆び、古さによって切れ味に大きな差があり、かなり扱いづらかったからだ。結局二三日後にはまたそれを手にすることになったけど、この期間は束の間の休息だった。足で落ち葉を片付けるだけで終わる日もあった。そんな時、僕は祐二と日本での生活を話したりマイクとイギリスのロックバンドについて話したりした。それでもコリーから叱られることはなかった。落ち葉を蹴って無駄話をしながら地面に四つ葉のクローバーを探している時、これがプルーニングと同じ時給なんだと気付いて、急に馬鹿馬鹿しく思えた。

ルポ:ニュージーランドの果樹園労働について(5)

 二時間も経つと、働いている誰もが腕を上げられなくなる。そんな時はひたすら、コリーが「スモーコ!」と叫ぶのを待った。スモーコはオセアニア地方の俗語で、煙草一服分の休憩を意味する。仕事は昼食の一時間を含めて夕方四時まで続いた。終われば僕らはまた狭い車に揺られて、そのままホステルへと戻っていった。どれだけ疲れて帰っても、自分で夕食を作らないといけないのが何より耐えがたかった。翌朝のために食べ残しをとっておいたのに、ねずみに食べられてしまったこともあった。痛みが体の節々に残り、切り傷やあざは絶えなかった。それでも会社側から保険加入・傷害補償などの確認はなかった。ただ初日に、納税番号の聞き取りが行われただけだった。仕事は週五日から六日続き、賃金は法定時給の最低値、一三・五ドルしかもらえなかった。
 

 このドルはニュージーランド・ドルで、日本円に直せば十月三日現在、約一〇九四円だ。ここから二十パーセントの税金が引かれ、手もとに残るのは約八七五円。それが八時間なので、日給は七千円弱となる。僕らは週末になると、稼いだ金の一部を町にある「ロクソル」というバーで使った。僕らが飲むビールは一杯三ドルぐらいだったから、それは大きな楽しみだった。

ルポ:ニュージーランドの果樹園労働について(4)

  仕事は至って単純だった。果実を摘み取った後に残ったキーウィの木を刈り取っていくだけだった。僕らはロープと呼ばれる巨大なハサミを渡された。直径一センチまでの枝は、伝ってくる水に湿った軍手を握りしめながら、直径一センチから三センチまでの枝は、片側の持ち手を胸に押し当てもう片方を両手で押さえこみながら、そしてそれ以上の枝は、チェーンソーを使いながら、二人一組で持ち場の列を取り除いていく。遅れが出ると、現場監督のコリーから激しい叱咤が飛ぶ。それからスペイン語の織り交ざった説教を受ける。コリーはケリケリで生まれ育った男で、教養がある所を見せつけるために所どころスペイン語を使う癖があった。イーグルはよく彼から、「スシを食べてるからそんな軟弱なんだ。Comprendo?(わかったか?)」と怒鳴りつけられていた。そしてそれを聞く度に、僕らは腹を立てていた。

ルポ:ニュージーランドの果樹園労働について(3)

  仕事は毎朝八時、防風林に囲まれた傾斜の急な果樹園で行われる。僕らはいつも、霜が覆っている屋外の冷蔵庫から食材を取り出して、質素な朝食と昼食を作ってから現場まで向かった。使える車は古びた紺色のセダンだった。朝になるとフロントガラスは氷が張った。それが水や熱湯で溶かされるまでは、全員、窮屈な車内で身を寄せ合って体を温めながら発進を待った。ガソリン代は週末になるとそれぞれ個別に請求された。同じ日本人の祐二は六千円近く払わされたこともあった。


  温まった車が向かうのは、ホステルから十分ほど走った所だ。朝日の橙色の光がちょうど牧草地と牛たちを照らすなかを、ニュージーランド名物のラウンダバウト(円形交差点)や小川に架かる橋を越えて進んでいく。早朝の果樹園は空気が透き通り、頭上の雲ひとつない青空はどこまでも続いている。陽光が遮られることはなく、防風林の緑が生き生きと輝く間で、ファンテイルという尾のカラフルな小鳥が辺りを飛び交う。僕が、草についた冷たい露が靴下をぐしょぐしょに濡らすのにも、枝についた木くずが目の中に入り込んでくるのにも、尖ったワイヤーがジーパンにいくつも穴を開けるのにも我慢することができたのは、これらの景色があったからだと思う。落ち葉に埋もれたキーウィフルーツの列は先が見えなくなるまで果てしなく続いていた。ケリケリにある農地は北部だけで実に千エーカー、約四千平方キロメートルにも及ぶという。


  ケリケリは人口約六千人の町だ。北島の突端に位置し、長距離バスの停車駅になっている。この町の歴史は、一八一九年に先住民であるマオリ族がイギリスからやってきた宣教師を迎え入れたことから始まった。その名残は国内最古の現存家屋ケンプハウスなどに見ることができる。町はその後、一九二〇年代を境に変貌を遂げた。そして今では圧倒的な農業生産力を持ち、「北のフルーツ・ボウル」と呼ばれている。ここでの収穫物はキーウィフルーツからレモン、スモモだけでなく、マカダミアナッツや野菜、花などにも及ぶ。


338637_397833436942674_1742123976_o_convert_20131002134636.jpg

ルポ:ニュージーランドの果樹園労働について(2)

  ホステルの内部は六人部屋が一つ、二人部屋が二つ、四人部屋が一つ。滞在者たちはその他に、屋外便所を含む二つのバスルームとビリヤード台、共同キッチンを使うことができた。ビリヤードは一回二ドルが必要だけど、画用紙を硬貨の形に折り曲げて差しこめばタダでプレイすることができた。トイレは、二つのうち必ずどちらかが壊れていた。どちらが壊れているのかは、朝になって用を足すまでわからなかった。水を流して水面が浮き上がってくれば、そこははずれだった。周囲には廃材置き場があり、小道を挟んだ向かいで、黒や栗毛の馬が草を食べていた。ここの名前、「Cozy Nook」というのは、「居心地の良い片隅」という意味だった。居心地の良さは別にして、片隅という意味では実に的を得た名前だった。
 

  僕らの仕事はプルーニング(刈り込み)と呼ばれる作業だった。包装や摘み取りには参加できた女性たちも、ここでは求人されなかった。仕事の知らせは二日前に、会社と提携を組んでいるホステルのオーナーから知らされた。僕らは各自、一日前には集まるよう言い渡された。首都ウェリントンから来たカイとジョンは、急遽ヒッチハイクをしてやってきたと話していた。二人は僕らの中では珍しくニュージーランド生まれだった。まだ十七か十八歳の高校生だった。他に集まったのは、イーグルという中国人と、一年近くケリケリに滞在しているイギリス人のマイク、そして僕を含めた日本人が二人の、合計六人だった。

ルポ:ニュージーランドの果樹園労働について

  僕がニュージーランドのケリケリ(Kerikeri)に着いたのは、南半球の冬の始まり、七月の上旬だった。そこは周辺地域で最も大きな町だと聞いていたけど、町中は実に閑散としていた。大きな通りは百メートルも歩けば田畑に変わった。映画館やショッピングモールは見当たらなかった。大型のスーパーマーケットが二つ、中心と周縁にあるだけだった。


  僕は他の果樹園労働者たちとこのスーパーマーケットを訪れた。僕らはじゃがいもやりんご、ベーコン、オリーブオイル、牛乳、卵など、一週間分の食材を買い込んだ。車は僕らを乗せて町から大きく遠ざかり、牧場近くにある「Cozy Nook」というホステルへ向かった。労働者たちは大体六週間、そこに詰め込まれ、寝食を共にしながら働く。
プロフィール

FC2USER586252FFA

Author:FC2USER586252FFA
都内某W稲D大学三年生 
(ジャーナリズム専攻)

好きなもの:ヘミングウェイ
嫌いなもの:なし

略歴:T県の田舎町に生まれる。親は離婚。大学進学で上京。アメリカの新聞社で就労経験。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。